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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)10295号 判決 2000年7月04日

原告

破産者株式会社エフ・テックス破産管財人【A】

右訴訟代理人弁護士

竹森茂夫

辰已和男

右補佐人弁理士

【B】

被告

佐世保市

右代表者市長

【C】

右訴訟代理人弁護士

斎藤信隆

右指定代理人

【D】

【E】

被告

第一工業株式会社

右代表者代表取締役

【F】

右訴訟代理人弁護士

堀井敬一

被告

株式会社久米設計

右代表者代表取締役

【G】

右訴訟代理人弁護士

脇田眞憲

被告

株式会社二宮機工

右代表者代表取締役

【H】

右訴訟代理人弁護士

種村泰一

仲井敏治

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、原告に対し、連帯して金五三二〇万円及びこれに対する平成一〇年三月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告第一工業株式会社(以下「被告第一工業」という。)、同株式会社久米設計(以下「被告久米設計」という。)及び同株式会社二宮機工(以下「被告二宮機工」という。)は、原告に対し、連帯して金三〇四万円及びこれに対する被告第一工業については平成一一年七月一一日から、同久米設計については同月一三日から、同二宮機工については同月一〇日から、支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  基礎となる事実(いずれも争いがないか、後掲の証拠又は弁論の全趣旨により認められる。また、以下、書証の掲記は「甲1」などと略称し、枝番のすべてを含む場合はその記載を省略する。)

1  株式会社エフ・テックスの特許権

株式会社エフ・テックス(以下「エフ・テックス」という。)は、次の特許権(以下「本件特許権」という。)を有している。

(一) 発明の名称

河川、湖沼等の浄化装置および油水分離装置

(二) 出願日

平成四年五月一四日(特願平四ー一四八六〇〇号)

(三) 公開日

平成五年一二月三日(特開平五ー三一七八四七号)

(四) 登録日

平成八年一〇月二四日

(五) 特許番号

第二五七三八九九号

(六) 特許請求の範囲(請求項1)

本件特許権の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲(請求項1)の記載は、本判決添付の特許公報(以下「本件公報」という。)の該当欄記載のとおりである(以下同特許請求の範囲欄中、請求項1記載の特許発明を「本件発明」という。)。

2  本件発明の構成要件の分説

本件発明の構成要件は、次のとおり分説するのが相当である。

A 河川、湖沼等の被処理部の原液中に先端を位置付けられる吸液管に連結してなり前記被処理部より前記吸液管を介して汲み上げた原液を気液混合手段へ供給する加圧ポンプと、

B 前記加圧ポンプにより気液混合手段へ供給される原液に圧縮気体を供給するコンプレッサーと、

C 前記加圧ポンプにより供給される原液とコンプレッサーから供給される圧縮気体とを混合して液中に気体を溶解させる気液混合手段と、

D 前記気体を溶解させた加圧液を受け入れる加圧タンクと、

E 前記加圧タンク中の気体が溶解した加圧液を被処理部に供給する供給管と、

F 前記河川、湖沼等の被処理部の液中に位置付けられる前記供給管の先端に取り付けてなり所定の圧力以上で開放して前記気体が溶解した加圧液を前記河川、湖沼等の被処理部へ供給する圧力弁と、

G よりなる河川、湖沼等の浄化装置。

3  被告らの行為

(一) 被告佐世保市は、平成四年一〇月ころ、同市の新相浦魚市場の建設を計画して被告久米設計に対して設計を委託し、被告久米設計は右設計をした。

被告佐世保市は、平成五年一一月ころ、右魚市場の市場棟新築(給排水衛生設備)工事を被告第一工業等に発注し、被告二宮機工は被告第一工業等から右工事を受注して工事を行った。

右魚市場は、現在、被告佐世保市が使用している。

(二) 右魚市場に設置されている海水浄化設備(以下「イ号物件」という。)の構成は、別紙イ号物件目録記載のとおりである。

イ号物件は、本件発明の構成要件Aの「河川、湖沼等の被処理部の原液中に」以外の構成要件を充足する。

4  エフ・テックスは、平成一一年八月六日に大阪地方裁判所から破産宣告を受け、原告が破産管財人に選任された。

二  原告の請求

1  特許権侵害に基づく損害賠償請求(請求一項)

イ号物件は本件発明の技術的範囲に属するところ、被告らは共同してイ号物件を設計、生産、譲渡及び使用等することにより本件特許権を侵害し、原告に損害を与えた。よって、原告は、被告らに対して、本件特許権侵害に基づき、連帯して損害金五三二〇万円及び平成一〇年三月一八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  補償金請求(請求二項)

イ号物件は本件発明の技術的範囲に属するところ、被告第一工業、同久米設計及び同二宮機工は、本件特許権の設定登録前に、本件発明が出願公開されたことを知りながら、共同してイ号物件を設計、生産及び譲渡したものである。よって、原告は、右被告らに対し、特許法六五条に基づき、連帯して金三〇四万円及びこれに対する被告第一工業については平成一一年七月一一日から、同久米設計については同月一三日から、同二宮機工については同月一〇日から、支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  争点

本件で当事者が集中して主張立証を行った主たる争点は、①イ号物件は本件発明の構成要件Aの「河川、湖沼等の被処理部の原液中に」の要件を充足するかである。

その他に、特許権侵害に基づく損害賠償請求については、②被告第一工業、同久米設計及び同二宮機工がイ号物件を設計、製造及び譲渡したのはいつか(本件特許権の設定登録後か)等も争点とされた。

また、補償金請求については、③被告らは本件発明が出願公開されたことを知りながら、共同してイ号物件を設計、生産及び譲渡したか等も争点とされた。

第三主たる争点に関する当事者の主張

【被告らの主張】

一  本件発明の産業上の利用分野である浄化装置については、本件発明の特許出願当時から、原液に加圧空気を溶解させた上で大気圧に戻すことにより、原液に溶け込んでいた空気を微細気泡化して遊離させ、この微細気泡に粒子を付着させることによって浮上分離するものが公知であった。本件発明の基本的な技術思想は右公知技術と同一のものである。

このことを前提に本件明細書を見ると、本件発明は、凝集反応槽や浮上分離槽を不要として装置を小型化することを目的として、そのために、気体が溶解した加圧液を、供給管の先端で、河川、湖沼等の被処理部の原液中に所定の圧力以上で開放して供給するようにした点に特徴があり、被処理部の液中に供給された加圧液が被処理部の液中で大気圧下に開放され、加圧液中に溶解していた気体が微細気泡となって被処理液部の液中を膨張しつつ浮上することで、凝集反応槽や浮上分離槽を必要としないという作用を生じ、凝集反応槽や浮上分離槽を必要とせず装置構成が簡単であるとの効果を生じるものである。

したがって、本件発明の要点は、本件発明に係る装置が「凝集反応槽」や「浮上分離槽」を不要とする点にあると解すべきである。

もっとも、本件明細書には、本件発明の効果として、被処理部へ空気を溶解した加圧液を供給するための供給管の先端に所定の圧力以上で開放する圧力弁を設けて加圧液の圧力を供給管の先端まで一定以上に維持可能にしたことにより、被処理部の液中に発生する気泡は超微細であり、この超微細な気泡が膨張しながらフロックや油分へ効率よく付着してこれを浮上させることから浄化効率が高いことが挙げられている。しかし、加圧水を常圧に戻す機能を持つ弁であるという機能の点を考えると、本件発明における圧力弁と出願時の公知技術である昭和五七年七月一五日発行「排水再利用システム設計指針」(丁1)記載の減圧弁とは同じものである。また、圧力弁を設ける位置が供給管の先端であることについては、圧力弁の設置位置を供給管の先端としたことにより気泡の発生量とその細かさに違いが生じるとの証明がなく、仮に違いがあるとしても、供給管の先端に弁を設置することは、通常の技術知識を有するものであれば容易に推測し得る内容であるから公知の技術に準ずるものである。したがって、右の点を本件発明の特徴ということはできない。

さらに、エフ・テックスは、本件発明の特許出願手続において、特許庁からの拒絶理由通知に対して、手続補正を行うとともに、意見書を提出したが、右意見書の中で、エフ・テックスは、本件発明と従前の技術との相違として、本件発明は、凝集反応槽や浮上分離槽を必要としない「開放系」の装置であって、被処理部(河川、湖沼等)から汲み上げた原液に直接加圧気体を溶解させ、これを被処理部に供給する(被処理部の原液中で浮上分離操作を行う)ものであり、凝集反応槽や浮上分離槽を必要としないことよって、装置の設置場所や移動の自由度が大きくなったという趣旨を第一に挙げている。また、右手続補正では、本件発明の特徴として、被処理部の原液中で浮上分離操作を行うことを意識し、特許請求の範囲を「被処理部の原液中に先端を位置付けられる吸液管」などと限定的に補正している。

以上からすれば、本件発明は、凝集反応槽や浮上分離槽を必要としない「開放系」の装置とした点に重要な意義があるものであるから、本件発明の構成要件Aの「河川、湖沼等の被処理部」には凝集反応槽や浮上分離槽は含まれず、「被処理部の原液」には凝集反応槽や浮上分離槽にて浄化された後の循環液は含まれない、と解釈すべきである。

二  そして、イ号物件は、別紙イ号物件目録記載のとおり、凝集反応槽及び浮上分離槽を備える閉鎖系の装置であり、「凝集反応槽及び浮上分離槽にて浄化処理された後の循環液」中に吸液管を位置付けるものであるから、イ号物件は、本件発明の構成要件Aの「被処理部の原液」中に吸液管を位置付けるとの要件を充足しない。

また、イ号物件は、別紙イ号物件目録添付の図面記載のとおり、最終調整処理水槽内の処理水の一部に空気を混入させ、加圧した後に常圧に戻して浮水分離槽内に気泡として開放する構造を有している。つまり吸液管は最終調整処理槽の処理水の中に設置されており、吐出弁は浮水分離槽に設置されていて、原水(液)の中に設置されていないのである。本件発明は、「原液」を汲み上げて気液を混合することをその技術的範囲の要件の一つとしているが、イ号物件は、「原液」ではなく処理水すなわち浄化された海水と空気を混合させているものであるから、本件発明の技術的範囲に属しない。

【原告の主張】

一  浄化装置に関する従来技術においても、圧縮気体と加圧原液とを混合溶解させる混合手段と、加圧タンクと、加圧気体を溶解した加圧原液を所定の圧力以上で開放する圧力弁を備えている。しかし、従来技術で使用されている「弁」は、本件発明に用いられている所定の圧力以上で開放する機能を有する圧力弁ではなく、高圧の流体の圧力を減じて一定の流量を保つことを目的とした減圧弁である。しかも、右弁は、本件発明において、被処理部の液中に位置付けられている供給管の先端に取り付けられているのではなく、供給管なる管の途中に取り付けられている。そのため、従来技術においては、加圧液中に溶解していた加圧気体は、浮上分離槽へ入る前の配管の途中で既に気泡となってしまい、分離槽の液中に開放される時点では気泡が膨張しており、被処理部内で解放される超微細気泡による効率的な浮上分離作用は期待できない。

これに対して、本件発明は、加圧気体を溶解して加圧液を被処理部へ供給するために、供給管の先端に、所定の圧力以上で開放する圧力弁を設けて、加圧液の圧力を供給管の先端まで一定以上に維持したことにより、被処理部へ供給される加圧液中に溶解した気体は圧力弁から被処理部へ排出されるまで液中に溶解されたままであり、かつ、その溶解量も一定以上に保たれ、この加圧液が被処理部の液中に供給された時点で初めて大気圧に開放されることから、被処理部の液中に発生する気泡が超微細となり、この超微細な気泡が膨張しながらフロックや油分へ効率よく付着してこれを浮上させ、浄化効率、油水分離効率が極めて高く、常に一定の浄化作用を奏することができるのである。

このように、本件発明は、被処理部の液中に位置付けられる供給管の先端に取り付けられ、かつ、所定の圧力以上で開放して加圧気体が溶解した加圧液を被処理部に供給する圧力弁を採用することによって、加圧液が被処理部に到達する前に、加圧液に溶解していた気体が気泡となることがなくなるので、従来技術の場合よりもさらに「超」微細な気泡の発生が可能になる。そのため、極めて効率的な水の浄化及び油水の分離作業を行うことが可能となるのである。

この点、拒絶理由通知に対する意見書において、河川や湖沼等の原水を導入した被処理部の液中で浮上分離を行うこと、被処理部から汲み上げた原液に直接加圧気体を溶解すること、凝集反応槽や浮上分離槽を必要としないことが重視されているように思われる。しかし、河川や湖沼等の原水を導入した被処理部の液中で浮上分離を行うことが可能となったことも、被処理部から汲み上げた原液に直接加圧気体を溶解させることを可能としたことも、凝集反応槽や浮上分離槽を必要としないことも、「超」微細気泡の発生を可能にしたことも、いずれも圧力弁を採用し、かつ、右圧力弁が被処理部の先端に取り付けられたことの帰結にすぎない。また、凝集反応槽を必要としないということは、このような装置を設置しなくてもいいということを意味するにとどまり、このような装置を設置してはならないことまで意味するものではない。さらに装置の設置場所や移動の自由が大きいといっても、設置場所を自由に選択し、装置を自由に移動することができることを意味するにとどまる。

したがって、前記意見書の記載が前記のとおりだとしても、そのことから直ちに、特許請求の範囲を減縮したということなどできないのであって、かえって、本件明細書には、「実施例」の項において、「被処理部Aには適宜凝集剤を注入しておく」と記載されていること(本件公報【0014】)からすれば、本件発明による処理効率を高めるために、前処理として凝集剤を使用することも当然に視野に入れていたといわざるを得ない。

以上からすれば、被処理部の液中に位置付けられる供給管の先端に取り付けられてなり、所定の圧力以上で開放して加圧気体が溶解した加圧液を被処理部へ供給する圧力弁を設けることによって、超微細気泡を利用した浮上分離が可能となった点こそが本件発明の特徴であり、かかる技術の発明があったからこそ本件特許権が付与されたことは明白である。

したがって、本件発明の構成要件を充足する限り、本件イ号物件が本件発明の構成要件に付加して、凝集反応槽や浮上分離槽を採用したとしても、本件特許発明の技術的範囲に含まれるのであって、本件特許発明の構成要件Aの「被処理部の原液」には、「凝集反応槽及び浮上分離槽にて浄化された後の循環液」が含まれると解釈すべきなのである。なお、本件発明の特許請求の範囲に「河川、湖沼等の被処理部」とあるのは、「河川、湖沼等の原水を導入した被処理部」と解するのが相当である。

よって、イ号物件が本件発明の構成要件Aを充足することは、明白である。

二  また、被告らは、吸液管が最終調整処理槽の処理水の中に設置されており、吐出弁が浮上分離槽中に設置されていて、原液中に設置されていないので、構成要件Aの「被処理部の原液」中に吸液管が位置付けられていないと主張する。

しかし、別紙イ号物件目録添付の図面によれば、イ号物件において浮上分離槽と最終調整処理槽が単一の水槽になっていることは明らかである。また、浄化作業開始時においては、最終調整処理槽には、浮上分離槽によって何ら浄化されていない循環液が吸液管から浄化装置内に吸引される。したがって、イ号物件は、浄化された海水(処理水)と加圧気体を混合させているものではない。したがって、被告らの右主張は失当である。

第四争点に対する当裁判所の判断

一  本件発明の構成要件Aには、「河川、湖沼等の被処理部の原液」とあるが、その中にイ号物件におけるような「凝集反応槽及び浮上分離槽にて浄化処理された後の循環液」が含まれるか否かは、特許請求の範囲の記載の文言上は必ずしも明らかではない。

二  そこで、本件明細書の記載を参酌して検討するに、甲4によれば、本件明細書(補正後のもの)には、別紙「出願当初明細書の記載と補正後明細書の記載の対照表」の「補正後明細書の記載」欄のとおりの記載があることが認められる(ただし、特許請求の範囲の記載は請求項1を分説して記載し、また必要に応じて段落番号を付した。)。

右記載によれば、本件発明は、従来の浮上分離法による浄化装置の問題点として、①凝集反応槽や浮上分離槽を必要とする閉鎖系であるために装置の設置場所や移動にも制限があるという点と、②空気を溶解した加圧水の圧力が凝集攪拌液と混合される時点で低下してしまうために空気の溶解量が減少するとともに気泡が膨張してしまうという点があったのを、(a)加圧液の供給管の先端に圧力弁を設けることによって、供給管の先端まで加圧液の圧力を維持し得るようにし、それによって、加圧液が処理対象液に混合される時点で加圧空気に溶解している空気の量を一定以上に保つとともに、微細な気泡が発生するようにし、併せて供給管を必要に応じて延長することで加圧ポンプ等の存在する場所から遠く離れた場所での浄化処理を可能にし、(b)原液の吸液管(吸液側)及び加圧液の供給管(吐出側)の各先端を河川、湖沼等の被処理部の液中に位置付けたことにより、河川、湖沼等の被処理部の液中で浮上分離を行うようにし、それによって、凝集反応槽や浮上分離槽を必要としない簡単な装置構成として、河川や湖沼等の現地で直接浄化作業を行うことができるようにしたものであると解される。

右に検討したところ(特に前記(b))からすれば、本件発明の構成要件Aの「河川、湖沼等の被処理部」(構成要件Fにおけるものも同じ)とは、河川や湖沼のように、浄化対象とする液が、浮上分離用の特別の槽のない状態で存在している場所をいうものと解され、少なくとも浮上分離槽は含まれないものと解するのが相当であり、また、加圧気体が溶解される「河川、湖沼等の被処理部の原液」とは、右の意味での被処理部に未浄化のまま存在している液をいうものと解するのが相当である。

三  右のように解することは、さらに本件発明の出願経過を検討することによっても裏付けられる。

1  甲2、4、24及び25によれば、本件明細書の記載及び出願経過について、以下の事実が認められる。

(一) 本件発明の特許出願の願書に最初に添付された明細書(以下「出願当初明細書」という。)の記載は、別紙「出願当初明細書の記載と補正後明細書の記載の対照表」中の「出願当初明細書の記載」欄のものであった(ただし、特許請求の範囲の記載は請求項1を分説して記載し、また必要に応じて段落番号を付した。)。

(二) 本件発明の特許出願に対しては、特許庁審査官から、平成八年二月二九日付けで拒絶理由通知が発せられた(甲24の7)。そこでは、甲25の1ないし3の三つの公知文献を引用した上で、「下記各刊行物には、圧縮気体と加圧原液とを混合溶解させる混合手段と、加圧タンクと、加圧気体を溶解した加圧原液を所定圧力で開放する圧力弁を備えた水浄化装置が記載されている。特に1、2の刊行物にはそのような水浄化装置を油水分離に適用することが記載されている。」とされていた。

(三) 拒絶理由通知に引用された公知技術は、次のようなものであった(ただし引用例3は省略)。

(1) 引用例1(平三ー一七四二九二号公開特許公報・甲25の1)

本公報には、加圧浮上分離法による水の浄化装置が開示されている。その構造は次のとおりである。

浮遊混濁物や油分を含有する原水1は、原水供給ポンプ2を通り配管を流れ、凝集剤槽3から凝集剤供給ポンプを通ってきた凝集剤と混合した後、原水供給ノズル10によって、浮上分離槽本体6に供給される。他方、浮上分離槽本体6の下部に設けられた処理水排出口11から処理水13が処理水槽12に入り、その一部は系外へと排出されるが、処理水13の一部は循環水14として使用される。循環水14は、加圧ポンプ16によって加圧されるとともに、U字型加圧管18内でコンプレッサー17によって供給された空気15の気泡が溶解し、さらに気液分離槽19において余剰空気が系外に排出されることにより、加圧循環水21となる。加圧循環水21は、減圧弁22を通り循環水供給ノズル23から浮上分離槽本体6に供給されるが、加圧循環水21は、減圧弁22を通過した後は常圧に戻り、溶解していた空気が微小気泡となって浮上分離が行われる。

(2) 引用例2(平一ー六五六九三号公開実用新案公報・甲25の2)

本公報には、凝集浮上分離処理による船舶のビルジ及びスラッジ処理システムが開示されている。その構造は次のとおりである。

船舶内で発生した夾雑浮遊混濁物等からなるビルジは、ビルジタンク7からビルジポンプ12を通って一次処理タンク1へ注入される。他方、清澄な海水が圧縮空気管38から注入された空気と合流し、ラインミキサー20を通過する間に混合されて溶解空気量を増して、加圧水タンク6に送られる。加圧水タンク6に数分間滞留した加圧水は、加圧水出口管40を経て、減圧弁26を通過し、一次処理タンク1へ原水注入と同時に注入される。加圧水は、減圧弁26を通過すると大気圧に解放されて溶解空気が過飽和状態となり、過剰空気が微細空気となって発生し、一次処理タンク1へ注入され、浮上分離が行われる。

(四) これに対して出願人であるエフ・テックスは、平成八年四月一八日付けで手続補正書(甲24の11)を提出した。

右手続補正にかかる明細書(以下「補正後明細書」という。)の記載は、別紙「出願当初明細書の記載と補正後明細書の記載の対照表」中の「補正後明細書の記載」欄のものである。

(五) また、エフ・テックスは、同日付けで意見書(甲24の8)を提出したが、その中で、拒絶理由通知に引用された公知文献と本件発明との差異として、次のように述べた。

(1) 「引用例1及び引用例2に記載されたものは、浮上分離槽(処理タンク)中へ被処理液を導入したうえで、この浮上分離槽へ導入された被処理液へ、該浮上分離槽からの循環液に気体を溶解させた加圧液を供給して、該加圧液から発生する気泡により浮上分離槽内で浮上分離操作を行うものであり、本願発明のような河川や湖沼等の液中で浮上分離を行う点は全く記載され(て)いません。」

(2) 「又、拒絶理由では、これらの引用例には、加圧気体を溶解した加圧原液を所定圧力以上で開放する圧力弁を備えている、とされています。しかし、これらの引用例では、前記のように加圧気体を溶解させているのは、浮上分離槽にて処理された後の循環液であって、本願発明のように被処理部から汲み上げた原液に直接加圧気体を溶解するものではありません。」

(3) 「又、これらの引用例では、前記の弁は、加圧液を浮上分離槽へ供給する配管の途中、即ち、分離槽や処理タンクへ入る前の配管部分に弁が設けられており、本願発明のように、被処理部の液中に位置づけられる供給管の先端に設けられてはいません。」(中略)

(4) 「しかも、こられの引用例で用いられている弁は、本願発明のような所定の圧力以上で開放する圧力弁ではなく、減圧弁です。」(中略)

(5) 「このように、引用例1、2には、河川や湖沼等の浄化や油水分離に関しては全く記載されておらず、ましてや、被処理部である河川や湖沼等の液中で浮上分離を行う点については記載はおろか示唆されもなされてはおりません。又、本願発明のように、河川や湖沼を現地で処理しようとする場合、被処理部と処理装置とを結ぶ配管は長くなりがちですから、引用例1、2に記載されたような、加圧液を供給する配管の途中に上記のような減圧弁を設けたものでは、被処理部である河川や湖沼等の液中に微細な気泡を発生させることは不可能です。又、これらの引用例のように被処理液を一旦浮上分離槽に導入し、この浮上分離槽からの循環液に気体を溶解させて再び浮上分離槽へ供給するような従来の浄化装置や油水分離装置では、前記浮上分離槽や凝集槽等の大型設備が必要であるため、装置の設置場所や移動に制限が多く、実際上、河川や湖沼等の浄化を行うことは困難です。これに対して、本願発明では、河川や湖沼等の被処理部から汲み上げた原液に直接気体を溶解させ、この気体が溶解した加圧液を前記河川や湖沼等の被処理部に供給して該被処理部の液中で浮上分離操作を行い、しかも、前記加圧液を被処理部へ供給する供給管の先端に圧力弁を設けることで、被処理部の液中における浮上分離作用を極めて効率よく行うことを可能としています。」(中略)

(6) 「以上のように、引用例1~3のいずれにも、河川や湖沼等の浄化に関する記載はなく、ましてや、本願発明の特徴とする、河川や湖沼等の被処理部の液中で浮上分離を行う点、及びそのための浄化装置、油水分離装置における上記のような特徴的構成については全く記載や示唆はありません。(中略)したがって、そのような引用例1~3の記載に基づいて、本願発明を容易に成し得たということはできません。」

(六) そして、本件発明は、平成八年七月九日、補正後明細書の内容で特許査定がなされた。

3(一)  右の出願経過からすれば、本件明細書には、出願当初から、①発明が解決しようとする課題として、従来の浮上分離法を用いた浄化装置は、凝集反応槽や浮上分離槽を必要とする閉鎖系であることから、装置が大型となり、装置の設置場所や移動にも制限があって、河川や湖沼等を浄化する場合等、所定の場所以外での使用は困難で対応できない場合が多かったこと、②発明の目的として、装置構成を簡便とすることで、あらゆる状況、場所に応じて使用可能な浄化装置を提供すること、③発明の作用として、供給管を必要に応じて延長することで、加圧ポンプや気液混合手段、加圧タンク等の設置場所から遠く離れた場所における浄化処理や油水分離処理を可能とすること、④発明の効果として、加圧液は供給管の先端まで高い圧力を維持されることから、供給管を必要に応じて延長することで、加圧ポンプや気液混合手段、加圧タンク等の設置場所から遠く離れた場所における浄化処理も可能であり、あらゆる場所における浄化処理を可能とすることが記載されていたと認められる。

そして、エフ・テックスは、拒絶理由通知に接して、引用例1及び2と本件発明との相違点として、①引用例では浮上分離槽内で浮上分離を行うのに対し、本件発明では河川や湖沼等の液中で浮上分離を行うこと、②引用例では浮上分離槽にて処理された後の循環液に加圧気体を溶解させているのに対し、本件発明では被処理部から汲み上げた原液に直接加圧気体を溶解すること、③吐出弁は、引用例では加圧液を浮上分離槽へ供給する配管の途中に設けられているのに対し、本件発明では、吐出弁は供給管の先端に設けられていること、④吐出弁は、引用例では減圧弁であるのに対し、本件発明では所定の圧力以上で開放する圧力弁である点を指摘したものと認められる。

また、エフ・テックスは、同時に手続補正によって、①それまでは特許請求の範囲の構成要件Aの記載を単に「被処理部より汲み上げた原液」としていたのを、「河川、湖沼等の被処理部の原液中に先端を位置付けられる吸液管に連結してなり前記被処理部より前記吸液管を介して汲み上げた原液」と補正し、②それまでは特許請求の範囲の構成要件Fの記載を単に「供給管」としていたのを、「前記河川、湖沼等の被処理部の液中に位置付けられる前記供給管」と補正し、③それまでは特許請求の範囲の構成要件Fの記載を単に「所定の圧力以上で開放する圧力弁」としていたのを「所定の圧力以上で開放して前記気体が溶解した加圧液を前記河川、湖沼等の被処理部へ供給する圧力弁」と補正し、併せて、④発明の目的の記載を、それまでは「あらゆる状況、場所に応じて使用可能な」「浄化装置」としていたのを、「河川や湖沼等の現地において、あらゆる状況、場所に応じて使用可能…な」「河川、湖沼等の浄化装置」と補正し、⑤作用の記載に、「河川、湖沼等の被処理部の液中で直接浮上分離を行うようにしたことで、凝集攪拌槽や浮上分離槽を必要としないため、装置を小型化でき、設置場所や移動の自由度が大きく、河川や湖沼等における状況に応じての浄化作業、油水分離作業を可能とする」との記載を追加し、⑥効果の記載に、「河川、湖沼等の被処理部の液中で浮上分離を行うものであるから、凝集反応槽や浮上分離槽を必要とせず装置構成が簡単な開放系であることから、装置の設置場所や移動の自由度が大きく、河川、湖沼等の被処理部の浄化作業又は油水分離作業をこれらの河川や湖沼等の現地で直接行うことができる。」との記載を追加したものと認められる。

(二)  このような出願経過からすれば、エフ・テックスが、出願当初においては、加圧気体を混合させる液を単に「被処理部より汲み上げた原液」とし、供給管が存在する場所も特段明記されていなかったのを、補正によって、加圧気体を混合させる液を「河川、湖沼等の被処理部の原液中に先端を位置付けられる吸液管…を介して汲み上げた原液」とし、供給管を「河川、湖沼等の被処理部の液中に位置付けられる」ものとした趣旨は、浮上分離を行う場所を、河川や湖沼のように、浄化対象とする液が、浮上分離用の特別の槽のない状態で存在している場所に限定するとともに、加圧気体を溶解させる液を、右のような場所に未浄化のまま存在している原液に限定し、これによって引用例に記載された公知技術との抵触を避ける趣旨に出るものであったと解するのが相当である。

したがって、以上のような出願経過からしても、本件発明の構成要件Aの「河川、湖沼等の被処理部」(構成要件Fにおけるものも同じ)とは、河川や湖沼のように、浄化対象とする液が、浮上分離用の特別の槽のない状態で存在している場所をいうものと解され、少なくとも浮上分離槽は含まれないものと解するのが相当であり、また、加圧気体が溶解される「河川、湖沼等の被処理部の原液」とは、右の意味での被処理部に未浄化のまま存在している液をいい、浮上分離槽によって浄化された後の処理液(循環液)は含まれないと解するのが相当である。

四  この点について原告は、本件発明の特徴は、加圧空気混合液を吐出弁を供給管の先端に取り付けるとともに、右弁を所定の圧力以上で開放する圧力弁とした点にあるから、構成要件Aの「河川、湖沼等の被処理部」を右のとおり狭く解釈すべきではなく、本件明細書の実施例の記載において、浄化処理に際しては被処理部A中には適宜凝集剤を注入しておくとされている(本件公報5欄44ないし45行目)とされていることからも裏付けられると主張する。しかし、本件発明の特徴が原告主張のような構成にあるか否かはともかく、前記本件明細書の記載及び出願経過に照らせば、エフ・テックスは、拒絶理由通知に示された引用例との抵触を回避するために、本件発明の引用例との差異として、原告主張の点と並んで、本件発明が浮上分離槽での浮上分離を行うものではなく、本件発明が浮上分離槽での処理を経た循環液に加圧空気を混合させるものでないことをも明確に述べ、その趣旨を明らかにするために特許請求の範囲を始めとする明細書の記載を補正したものであることは明らかである。したがって、構成要件Aの「河川、湖沼等の被処理部」の意義は、前記のとおり解するのが相当であって、原告の右主張は採用できない。なお、原告指摘の本件明細書の記載部分は、河川や湖沼に対して凝集剤を注入しておくという意味に解されるから、原告の右主張の裏付けにはならないというべきである。

五  しかるところ、イ号物件は、別紙イ号物件目録記載のとおり、汲み上げた海水を浮上分離槽に導入して、右浮上分離槽で浮上分離を行うものであると認められる。また、イ号物件において加圧空気を混合させる対象は、凝集反応槽及び浮上分離槽にて浄化処理された後の循環液であり、別紙イ号物件目録添付図面によれば、この循環液は、そのまま魚市場内各所へ給水される処理水の一部を循環液として利用するものであることが認められる。

したがって、イ号物件は、本件発明の構成要件Aの「河川、湖沼等の被処理部の原液」を充足しないというべきである。

なお、この点について原告は、浄化作業開始時においては、最終調整処理槽には、浮上分離槽によって何ら浄化されていない循環液が吸液管から浄化装置内に吸引されると主張するが、イ号物件における浄化作業開始時の作動態様が原告主張のとおりであると認めるに足りる証拠はない(例えば、浄化作業開始時には浮上分離槽内に清澄水を溜めておくということも考えられる。甲25の2参照。)上、前記のとおりイ号物件は浮上分離槽を具備し、その槽内で浮上分離を行う構造を有していることに変わりはないから、原告の右主張は採用できない。

第五結論

以上によれば、その余について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 高松宏之 裁判官 安永武央)

<以下省略>

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